私が管理職になりたくない理由

同い年や1つ2つ年齢の違う人が管理職になっていますが、私は管理職にはなりたくないと思っています。以前は「なりたい」と言うより「なることになるんだろうな」なんて軽く考えてましたが、ワークライフバランスを考えた時に、やはり管理職にはなりたくないなと思うことが多々あります。
調べて見ると多くは他の人も同じことを思っているようですが、私の思うところをまとめます。
多忙過ぎるイメージ
「イメージ」と書いていますが、大抵はそうなんじゃないかと思います。私の会社の管理職はとても多忙で、私の上司は他の人からサイボーグと呼ばれていました。なぜなら、昼夜問わず働き、土日にもメールが飛んでおり、「普通の人間はあんなに無尽蔵に働けない」と言う意味から、人間ではない、サイボーグだ!と言うわけです。
これはひとつのジョークに過ぎませんが、こんなジョークを言われてしまうほど多忙に長時間働いているのです。
もちろん会社により、部署により、人によりますが、管理職になることで責任が重くなり、またフォローする部下も増えるため、「より多忙になる」ことは必至だと思います。
重い責任
私は「責任感を持って仕事をすべき」と強く信じていますが、同時に「責任はとりたくない」と思っています。自分が責任が取れないことは請け負わないようにしています。若い頃は先輩や上司がフォローしてくれるので、ある程度無理してでも挑戦することは良いですが、中堅になってくるとそろそろ失敗は許されません。ただそれでも、ある程度は、自分の失敗は自分で、あるいは、せいぜいチーム全体としての責任を負うくらいでしょう。
うまく表現できませんが、管理職になるとその上ですから、さらに広い範囲の責任がのし掛かります。こういった漠然とした不安も、私が管理職になることを怖がっている理由かも知れません。
他人の悩みを聞く心のゆとりがない
私は自分の仕事で手一杯ですし、家庭もあります。管理職になればある程度仕事内容が変わるので今の業務の一部は手放すことになると思いますが、その分新しい業務が増えます。また、私には妻も子もいて(時間的に)生活するのがすでに精一杯です。
すでに生活がいっぱいいっぱいで余裕がありません。そんな時に例えば部下から「キャリアに悩んでます」とか「家庭の叙情がありまして」とか、正直聞いている余裕はありません。
業務の進め方など、業務に直結することは管理職として、先輩や同僚として喜んで業務の一部として教えられますが、他人の人生相談なんて、とてもじゃないですが無理です。
給料はもう十分
私の今の給与は決して高いわけではありませんが、生活していくには十分ですし、このウェブサイトでも紹介してますが私は不労収入を目指しています。今の会社で給与を上げるよりは、夢見る不労収入を得る方法やそのための勉強に時間を使いたいのです。
管理職になって給与が上がっても激務になってプライベートな時間が取れないのであれば、管理職になんてなりたくありません。
(これ書いていて日本的な考えかも知れないと思いました。。。)
管理職になりたかった頃の話
自分で言うのもアレですが、私は子供の頃から常に目標を持って生きてましたし、そのために勉強は沢山してきたつもりです。
初めての会社に入った時は、漠然としてですが、その会社で偉くなって(出世して)、つまり管理職になって頑張ろうなんてモチベーションがありました。
また、若手から中堅に差し掛かろうとしている頃、自分の人生をお金という観点で見つめ直しました。将来趣味の旅行は継続したい、いつか家が欲しい、いつか子供が生まれるかも等、そのようなことを考えました。
その会社では、自分の思い描く人生プランを実行するためには管理職になって給与をあげないと無理だと悟りました。その会社(転職前の会社)は年収が高くなく、非管理職では我慢ばかりの人生になると思いました。
当時はこのように考えて管理職になりたい理由がありましたが、転職して年収が増え、会社の雰囲気も違う(今の会社はより管理職が疲弊している)ところもあり、少なくとも今現時点では管理職にはなりたくないと思っています。
とは言ってもなるべきなのか?
とは言っても、今後のキャリアに幅を持たせるためには、一度くらい管理職になってみるのも良いのかと思っています。今後歳をとっていくと転職しようと思っても、未経験採用なんてそうそうしてもらえませんし、歳とった分だけマネジメント経験が必要になると思ってます。よほどの技術者を除いてですが。
最近は様々な職種が増えて、歳とってもかつてよりは需要があるのかも知れませんが、それでも難易度は高いでしょう。
今の会社は降級がありますので、管理職になってもパフォーマンスが悪ければ非管理職に降ろされることもあります。単純なものなら良いですが「あの人は降級した人だ」なんて思われると気分は良くないですよね。仮にそれが自分が意図したことでも、なんとなく落ちぶれに思われてしまうのは避けたいですね。
